卵子ドナー体験談 — 29歳美容師「20代最後の年に、自分のサロンへの一歩」
美容師として9年。専門学校を出て、青山の小さなサロンで見習いから始めて、5年でスタイリストになって、今は10時から19時のシフトで、自分の指名のお客さまをカットしています。
20歳で社会人になって、毎日髪を切って、シャンプーをして、夜は深夜まで先輩のモデルウィッグの練習。気がついたら、29歳になっていました。
シェアサロンへの夢
30歳が見えてきた頃、ぼんやりと「自分のスタイル」で仕事をしたい、という気持ちが大きくなりました。今のサロンは大好きですが、毎日100人以上のお客さまを、限られた時間で対応する流れ作業の側面もあります。
友達の美容師から「シェアサロンってあるよ」と教えてもらいました。一つの大きな空間を、複数の美容師がそれぞれ自分のブースとして借りる仕組みです。一人のお客さまに、ゆっくり丁寧に時間をかけられる。自分の好きな雰囲気で空間を作れる。
ただ、独立するには、初期費用がいりました。シェアサロンの保証金、自分の道具一式(ハサミ・ドライヤー・シザーケース・薬剤)、お客さまへの案内のための名刺・SNS整備・ホームページ。最低でも80万円ほど必要でした。
美容師の手取り
美容師の月給は、地域とサロンによりますが、私のサロンではスタイリストでも手取り22万円ほどでした。指名料が一部歩合になっていて、月によって25万円になる時もありました。
ハサミ1本だけでも、本気でこだわるなら8〜15万円。ドライヤーは2〜3万円。シザーケースは3万円。日々の生活費を引きながら、80万円を貯めるのには、もう一年以上かかりそうでした。
「30歳までに独立する」と決めていた私には、時間がありませんでした。
朝のシャンプー前に
サイトを知ったのは、ある朝、サロンに着いてから、お客さまの来店を待つ短い時間にスマホを見ていた時でした。
「20代女性のための」という見出しに、最初はピンと来ませんでした。でもタップしてみると、見覚えのない言葉「卵子ドナー」が並んでいました。
その日のお昼休み、近くのコンビニでサンドイッチを買いながら、もう一度サイトを開きました。お客さまが少ない平日の昼下がりに、サロンの待合スペースの隅で、ゆっくり読み進めました。
「29歳まで」の重み
サイトの「対象年齢:20〜29歳」という記載を見て、ハッとしました。私は29歳。あと半年で30歳になります。「これは、今しかできない選択肢だ」と思いました。
その夜、家に帰ってから、お風呂で湯船に浸かりながら、ぼんやり考えました。「もし20代の終わりに踏み出さなかったら、私は来年からどんな美容師になっているんだろう?」と。
サロンに残って、また同じ毎日を続ける自分の姿が浮かびました。それも悪くないけど、「自分の世界」を作ろうとした自分が、こんなところで立ち止まっているのは、やっぱり違う気がしました。
29歳の決断
初回相談は、平日の19時、サロンを上がってからオンラインで受けました。スタッフの方は、私のサロンの仕事の話も聞いてくれて、「美容師さんで、シェアサロン独立を目指していらっしゃるんですね」と、私の動機を尊重してくれました。
「29歳という年齢、間に合うのが本当によかったです」と私が言うと、「ぎりぎりでも、ちゃんと間に合いますよ」と笑ってくれました。3回の面談を経て、決断しました。
サロンと並行して
美容師は立ち仕事です。1日8時間、ほぼ立ったままお客さまに向き合います。ホルモン管理期間中、お腹の張りが少し気になった日もありましたが、休憩中に座ってストレッチすると、すぐに楽になりました。
自己注射は、朝7時、家で出勤前に。最初は手が震えましたが、すぐに「コンタクトレンズを入れるくらい」の自然な動きになりました。
採卵当日は、サロンの定休日(月)とその前後の土日を使って、3連休を作りました。土曜の夜にクリニック近くのホテルに泊まり、月曜朝に処置を受けて、夕方までホテルで眠っていました。火曜の朝、いつも通りサロンに出勤して、お客さまの髪を切っていました。
新しい場所で
29歳の冬、9年勤めたサロンを辞めて、シェアサロンに移りました。お客さまの一部は、ありがたく追いかけてきてくれました。
シェアサロンの自分のブースには、自分が選んだ植物を一鉢、自分が好きなアロマディフューザー、お客さま用に温かいお茶を用意するための小さなトレー。一つひとつ、自分のセンスで揃えました。
お客さま一人にかけられる時間が、それまでの倍になりました。会話もゆっくりできて、髪のクオリティも、自分でも納得のいく仕上がりに近づいています。
あの選択は、20代最後の年に、「自分の道」を作るための背中を、強く押してくれました。








