卵子ドナー体験談 — 25歳音楽アーティスト「夢の活動を続けるために」
あの夜のライブが終わって、楽屋で一人でビールを開けた時のことを、覚えています。お客さんは20人ちょっと。チケット代は1,500円。会場費とPAさんへの謝礼を引いたら、その夜の収入は、コンビニのお弁当2回分でした。
音楽を続けたい。でも、続けるための「お金」が、いつも追いつかない。25歳になった頃、その壁にぶつかっていました。
夢と現実のあいだ
レコーディング1日10万円。アルバムを作ろうと思ったら最低でも50万円。PV撮影に手を出したら、もう100万円なんて軽く飛んでいきます。アルバイトを増やせば、練習時間が減る。練習時間が減れば、音楽が痩せていく。悪循環でした。
友人から「こういうのがあるよ」と教えてもらったのが、最初のきっかけでした。「アルバイトと違って、自分の時間は守れる」と。半信半疑で、サイトを開きました。
「協力」という言葉
サイトを読んでいて、「アルバイト」とか「報酬」じゃなくて、「協力」「ご支援」という言葉が使われていることに、最初は引っかかりました。きれいな言葉でごまかしているのかな、と少し疑いました。
でも、初回の面談で、その意味が分かった気がしました。「ご家族を作りたいご夫婦と、20代の女性のあいだに、私たちが立っています」とスタッフの方が言いました。私はその時、「橋」というイメージを思い浮かべました。
音楽と並行して
ホルモン注射の期間中も、歌の練習は普段通り続けました。声の出方が少し違うかな、と思った日もありましたが、後から考えると気のせいでした。スタッフの方に「歌の仕事に影響は?」と聞いたら、「普段通りで大丈夫」とすぐに答えてくれました。
採卵当日は、前日のリハーサル後にクリニック近くのホテルへ。朝早く処置を受けて、午後にはホテルで横になっていました。3日後にはスタジオで、いつも通り歌っていました。
あの選択の意味
今もライブを続けています。お客さんは少しずつ増えました。あのアルバムが、SNSで誰かが拾ってくれて、地方のフェスに呼んでもらったこともあります。
音楽を続けるって、才能だけじゃないんだな、と最近思います。続けるための「環境」を、自分で作っていく力が必要で、あの選択は、その環境作りの大事なピースでした。
そして、どこかで、私の関わった卵子から、誰かの家族が始まっているかもしれない。それを思うと、自分が歌う「人生」というテーマに、新しい深みが加わった気もしています。








