卵子ドナー体験談 — 27歳通訳・翻訳家「フリーランスへの一歩」
独立して3年目の冬でした。会議通訳の単発案件を1日こなし、夜はそのテープ起こし。気がつくと、また朝になっていることが多かった頃です。
自分の事業をもっと「形」にしたい、と思っていました。同時通訳のブースから出て、自分の名前で動ける何か。それを作るのに、どうしても初期費用が必要でした。
融資、両親、副業
銀行の窓口で、「事業実績がもう少し」と言われた日のことを、よく覚えています。両親には頼りたくなかった。フリーランスを続けながらの副業は、もう睡眠時間がありませんでした。
そんな時に、たまたま見つけたのがHappiness Egg Bankでした。「協力という形で関われる」という言葉に、最初は半信半疑でした。怪しい話なんじゃないか、と。
「決めなくていい相談」
最初のオンライン面談で、スタッフの方が言ってくれた言葉が今でも残っています。
「今日決めなくていいですよ。気になることだけ聞いてもらえれば」
1時間の面談で、私は質問だけして帰りました。返事をしたのは、それから2週間後でした。その間に何度か、自分でも調べました。海外の事例、医学的なリスク、提供を受けた家族のインタビュー。冷静になる時間が必要でした。
仕事と並行して
フリーランスの私には、スケジュールの自由度が高いのは大きな利点でした。通院の日は、午後の案件を入れない。ホルモン注射は、朝のコーヒーを淹れる前のルーティンに組み込みました。
採卵当日は、その週の予定を全部空けました。前日から提携先のクリニックの近くのホテルに泊まって、当日の朝は徒歩でクリニックへ。処置が終わって部屋に戻ると、寝てしまっていて、目が覚めたら夕方でした。
事業を持つということ
あれから1年半が経ちました。今は、自分のオフィスを構えて、後輩の通訳者にも仕事を回せるようになりました。
事業を持つことの大変さは、想像していた以上でした。でも、自分のペースで決められる仕事の感覚は、それまでの「他の人のスケジュール」で動いていた頃には味わえなかったものです。
あの選択は、お金のためだけではなかったのかもしれません。「自分のために、自分で決める」という練習だったような気もしています。

